korinji⊶光林寺

お寺に 縁がない
仏事って よく分からない
まだ 両親に任せてあるから・・・

でも
縁がないけど 聞いてみる
今じゃないけど 考えておく
両親の祭り方 自分たちはどうするのか

そんな ご相談に気軽に
お応えできる お寺です

「お寺さん」

「お寺さん=住職・寺院」
光林寺は曹洞宗(禅宗)の寺院です。禅というと、厳しい修行や節制を強いる生活をイメージします。確かに、禅僧の修行ではそのような行を積みます。ただ、光林寺は修行寺ではなく、蒲郡の地域の寺院です。

「お寺さん」 と気軽に声をかけていただく感じで、お寺にお越しいただければと思います。今も出先で声をかけていただき「母さんの法事、頼むね。」「お墓、どうしようかね。」と、いろいろご相談いただくこともあります。教義と時代、一人ひとりに寄り添ったご提案をいたします。

おだんかさん ↔ 檀家様

毎日の菩提寺供養 

月々670円(年納)

「檀家になると大変ですか・・・」

そんなお話を伺うこともあります。「檀家様」という響きが重く感じる方が多いようです。ただ、上記の宗費は、単なる固定費ではありません。毎朝の読経、季節の仏事、霊膳やお供え物、献花など見えないところで日々、寺院としてご供養をいたしております。

そして、亡くなったご家族は菩提寺をもち、安住の地でしっかりと供養をされることで安位(安らかに眠る)に着くことができると考えます。

「毎朝、忙しくて手を合わせることもできない。」ご安心ください。毎朝、おだんかさんの仏様の供養と おだんかさんの一日のお幸せを祈り 読経をいたしております。

いつも、お寺が供養してくれている。
それが「おだんかさん⊶お寺」のあり方です。

since 1544年 to 令和

縁起


光林寺は1544年開創の曹洞宗の寺院です。室町時代も後期の戦国期になります。 開山は了山長哲大和尚となっております。「蒲郡風土記」にも登場してくる方で、長篠合戦後に三谷町権現の地にて帰城する徳川家康公に拝謁をしたとあります。

陣中、多くの配下を前に、合戦の感状を書こうとしていた家康公でしたが、懐の水をきらしてしまい困っていたところ、機転を利かせた長哲和尚が近くのせせらぎから水を汲んでそっと家康公の袖に水袋を入れました。無事に、その水で墨を硯でといで感状を書けた家康公が喜んだという逸話から、そのせせらぎは「硯川」と名づけられました。令和の今日も、三谷の防火帯西の交差点「硯橋」にその名が残っております。 


本尊地蔵三尊


本尊地蔵菩薩坐像は室町時代のものですが、明治維新の廃仏毀釈で当時の本尊聖観世音菩薩は、廃物の対象となり明治政府に接収されました。戦後、何度か返還を求めたようですが叶わず、明治維新時に本尊横でおまつりをしていた地蔵菩薩を本尊とすることになりました。

地蔵菩薩の両脇には「掌善童子」と「掌悪童子」をおまつりする「地蔵三尊」というめずらしいおまつり方をしております。人には必ず善と悪があり、無邪気な子どもはそれをかわいく自然に出してしまう。どなたも子どもの頃はそうでしたでしょう。そんな自然でありのままの自分を受け入れてくださる地蔵菩薩様。

光林寺の地蔵三尊には、そんな地蔵菩薩様の慈愛と救済のお姿が表れております。